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「深津」
呼ばれた声に振り返ると、同隊の河田がいた。
「準備できたか」
「ピョン」
「オレたちは山側を捜索することになってる」
「ベシ…、ピョン」
「安定しねえな」
「殻の記憶がごちゃごちゃになってるピョン」
「なるほど」
オレには二つの記憶がある。
一つは闇人として、そしてもう一つは……、
「松本がさ、沢北でねえかっつってた」
オレもそう思う、続ける河田の言葉を聞きながら記憶を探る。
沢北栄治。存在しない、オレたちの部下。
赤い海に眠る「母」から誕生し、この赤い地上で自衛官として生活をしてきた。そこにもう一つの、別の記憶がよみがえってきたのはつい最近のこと。
物資輸送訓練にあたっていた部隊全員が、一斉に高熱を出して倒れたあの、八月三日。症状自体は一日で収まり、後遺症もなかったから、一時的な感染症として処理されたあの日。高熱で魘されるオレが見たのは、アラームが鳴り響く緊迫した機内に、観覧車のある廃墟と化した遊園地、白い車が停まっている深夜の校庭など、およそ記憶にない場所ばかりだった。
熱による悪夢といえばそれまでだが、夢と片付けるには嫌に現実的で、そしてどうしようもなく奇妙だった。なぜなら、熱に魘された全員が、同じような夢を見ていたから。ある者は地下壕のような暗い場所で、そしてまたある者は停泊中の船の中で、場所や内容は違えど、その全員が、同じ人物を見ていた。それが、沢北栄治。存在しない、オレたちの部下。
夢の中の沢北は、年下の部下で、オレとバディを組んでいた。優秀だが態度は生意気で礼儀がなっていない、今時の若者。指導係に任命された時は正直面倒だと思ったが、次第に自分に懐いていく様子に悪い気はしなかった、と夢の中の自分は記憶している。墜落する機内でソイツを身を挺して庇うくらいには、こちらも可愛がっていたようだ。
だが、闇人としての人生で、沢北に会ったことはない。河田も松本も知らない。それなのに、全員が、ないはずのソイツの記憶を思い出していた。
この記憶は何なのか。ただの夢とは何故だか思えない。まるで、こことは違う、どこか別の世界で生きている自分が重なったかのような。そんな、奇妙なのに何故だか受け入れられてしまう、なんとも言えない感覚。それをきっと、他の奴らも味わっているに違いない。そして今、沢北の存在を確信しているはずだ。オレと同じように。
「オレさぁ、沢北じゃないかと思ってんだけど」
そのニンゲンってやつ、と隣で靴紐を結んでいるイチノが呟く。それに「だよな」と返すのは松本。「早く見つけてやんねえとな、すぐ泣くし」と笑いながら言うのは野辺。三人とも、「アパートみたいなところで撃ち合いをした、負けたけど」と苦笑しながら夢の内容を語っていたことがある。登山用の装備をチェックしている河田は、「学校の校庭で一騎打ちをした」と苦虫を噛み潰したような顔で語っていた。その表情から察するに負けたらしい。(かく言うオレも、爆弾で盛大にやられている)。
記憶の中のオレ達はとにかく、光から身を隠すための殻が必要で、それを持つニンゲンの沢北を襲っていた。奪った殻の記憶を利用して、ニンゲンの言葉で、ニンゲンの行動で。だから恐らくこの記憶はその殻のもの、つまりはニンゲンの記憶なんだろう。殻を利用してニンゲンのフリをしていた記憶、そして本当にニンゲンだった頃の記憶。別世界か、あるいは遠い過去の前世と呼ばれる頃のものかはわからない。だが思い出してしまったから、放っておくことはできない。
先を歩く四人に続いて駐屯地を出る。見上げた先には、黒い太陽。ここにはもう、身を焼くほどの光は届かない、どこまでも薄暗く赤い世界。闇人が自由に暮らせる、奪った世界。ニンゲンの殻はもう、必要ない。だから、敵対する理由もない。
「他の部隊に見つかると、ちょっと面倒になりそうだピョン」
「オレたちが一番に見つけられるかどうかにかかっているな」
視線の先で打ち合わせをする別の部隊に目をやりながら、隣を歩く河田に話しかける。「死ぬほど銃弾叩き込んでくれたお礼をしてやんないとな」と首を鳴らしながら言うイチノに、「オレは車でぶっ飛ばされたお礼」と野辺が続ける。そんな物騒な会話に苦笑いをしていた松本が振り返って聞いてきた。
「アイツどこにいると思う?」
「きっと高いところだピョン」
「何でだ?」
「アイツは上を目指すのが好きだから」
あぁ、なるほど。納得したように前を向いたその頭の上には、鈍く光る黒い太陽。そして、見渡す限りの赤い世界。見慣れたはずのその景色が、今は何故だか息苦しい。
「青い空が恋しいピョン」
「同感だべ」
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